ツーソンジェムショーに行って参りました。ツーソンはどうだったか?というご質問にお答えすべく、少しこちらにまとめておきたいと思います。展示会で限られた方々から伺ったお話も多く、噂話程度のこともございますが、その点を踏まえてご覧いただければと思います。
1)今年の展示会全体の印象
2025年のツーソンは、多くの業者が「ビジネスはスローだ」と嘆いていました。最終日に、多くの業者に(自社ではなく)全体の印象として聞いてみたところ、昨年比で売上は20〜40%減少したのではないかという反応が多かったです。ただし、例外もあり、超高額な商品を扱う業者には、売上が昨年の2倍になったという会社もありました。また、低価格帯の素材に関しては、例年と変わらないという話も聞かれました。
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一番驚いたのは、初日の人出の少なさでした。これには後述する特別な事情がありましたが、通常、開場前は入り口がごった返しているのに、今年はそのような混雑はなく、すんなりと入場できた印象でした。初日にもかかわらず、出店者の中には「通路でボーリングができるんじゃないか」と冗談を言う人もいらっしゃいました。
2)ツーソン全体がスローと言われる理由
展示会全体の盛り上がりに欠けた一番の原因は、価格の高騰だと思います。日本円で計算する日本の業者はもちろんですが、ドル建てでも値上がりが感じられました。極端な例かもしれませんが、1ctを超えるブラジル産のパライバトルマリンに1xx,000ドル/ctという値段がつけられていたことには驚きました。鑑別機関の人間と知られていたため、冗談かと思いましたが、その後、他のお客様にも同じ値段が提示されていたので、二重に驚きました。他にも、多くの宝石が昨年より1〜2割高くなった印象を受けました。
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高額な値段が付けられたパライバ・トルマリン
コロナ後、ブランドのまとめ買いによる高騰が見られたツァボライトやマンダリン・ガーネット(スペサルティン)は、さすがに値段が落ち着いてきた印象です。しかし、以前のように高い透明度と強い輝きを持った鮮やかなものは少なくなったように感じました。
これらの背景には、景気刺激策による需要の増加と、コロナ禍で感染を恐れた鉱夫たちが宝石採掘から手を引いたことが影響していると思われます。その結果、宝石の産出が大きく減少し、供給が不足している状態が続いています。そのため、価格は上がっていきますが、ここまでくるとこの値段では購入者が減少し、売れなくなることで原石の仕入れが抑制され、さらに供給の減少が続く、という悪循環が続いているように感じました。
3)今年の展示会は日程が変則的だった
今回のツーソンは日程が変則的だったためことも、影響があったように思われます。通常、メインとなるAGTA、GJXともに火曜日から始まるのですが、今年は月曜日から土曜日までの一日長い日程となっていました。この変更の背景には、GJXの運営責任者が90歳の誕生日があり、その誕生日パーティと展示会が重ならないように調整されたためと聞いています。AGTAはGJXに合わせたそうです。
また、通常の火曜日開始ではなく月曜日開始だったことは、アメリカの小売店にとっては初日からの参加が難しかったようです。通常は小売店が休みの月曜日にツーソン入りし、火曜日から展示会に参加しますが、今回はそのスケジュールが崩れたため、初日も例年の忙しさは感じられませんでした。また、逆に、展示会の後半にもある程度取引が行われていたことを、例年よりも多く感じられました。
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GJX 4日目でも混み合っている様子
4)鉱山では大きな事件も
すでにご存じの方も多いと思いますが、昨年10月、モザンビークのMavucoパライバ・トルマリン鉱山で暴徒による襲撃がありました。その際、採掘されていた原石が強奪され、採掘に使う重機は燃やされ、選別プラントも破壊されました。また、ツーソン展示会の10日前の1月22日にも、モザンビークのMaraka鉱山で暴徒による襲撃があり、重機や建物、洗石プラントが破壊され、火をつけられました。
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襲撃されたモザンビークのMavuco鉱山
幸い、昨年のMavuco鉱山の襲撃を受けて、クリスマス休暇中にブラジルの労働者が帰国するタイミングに合わせて、動かせる重機を避難させていたため、被害を免れた重機も7割ほどあったそうです。また、クリスマス休暇は雨季の時期でもあり、石の選別を行っていたプールには土砂が貯められているだけで、石には被害がなかったとのことです。しかし、現地の警備員は一目散に逃げたため、役に立たなかったとのことです。(ちなみに同時期に同国のルビーの鉱山にも暴徒の襲撃があったそうですが、そちらは警備隊に撃退されたとのことです)
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襲撃されたMaraka鉱山
これらの襲撃は、昨年行われたモザンビークの大統領選挙が影響していると言われており、政情不安が解消されるまで、復旧には時間がかかる見込みです。モザンビークのパライバ・トルマリンは、大きく透明度の高い美しいものが産出され、その美しさは言うまでもありません。鉱山が愛情を込めて作り上げられたものが破壊されることに対して、深い悲しみを感じます。パライバ・トルマリンの供給量の減少は避けられないでしょう。なんらかの支援を行い、支えていきたいものです。
以前のMaraka鉱山の様子
5)目についた宝石
今年の展示会ではいくつか注目すべき宝石がありました。目新しいものとしては、メキシコのコッパーキャニオンから産出されるブルーオパールがありました。通常、ブルーオパールはチリなどで産出され、遊色効果を持たないコモン・オパールが一般的ですが、コッパーキャニオンのものは遊色効果を持つプレシャス・オパールです。青色のボディカラーに遊色効果が加わり、今後の開発に期待が持たれる宝石です。
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ガーネットはこれまでもその特徴をアピールし、新しいネーミング(ブランディング)がなされてきました。今回ひときわ目を引いたのは、タンザニアのTanga産の鮮やかなロードライト・ガーネットです。これまでのロードライトよりも明るく鮮やかな赤色が多く、”Tanga Garnet”もしくは”Rasberry Garnet”として訴求されていました。
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さらに、AGTAのJhon M. Bachman社では、2.7ctのコバルト・スピネル(スリランカ産)が展示されていました。アウイナイトのような色合いと透明度が特徴的でした。他にも、Granada Gallaryでは素晴らしいパライバ・トルマリンが展示されており、Rare Earth Mining社では、ピンクのトルマリンと紫のレピドクロサイトが一緒になったスライスがあり、その鮮やかな色の組み合わせやレピドクロサイトの模様の美しさには感動しました。
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このように、素晴らしい宝石、面白い鉱物はツーソンならではの素晴らしさだと思いますが、では実際お商売としてこれを買って帰れば日本ですぐにお商売になる、というものはなかなか見当たらず、難しい展示会だったかもしれません。
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ライトニングリッジのオパールの説明を受ける様子